【歌詞考察】櫻坂46/五月雨よ【片思いが切ない】

櫻坂46/五月雨よ 歌詞考察
今回の記事は、『五月雨よ』(櫻坂46)の歌詞考察になります。櫻坂46 1st Album【As you know?】に収録されています。
『五月雨よ』は、主人公の片思いが切ない
『五月雨よ』の歌詞に、五月雨式に好きになっていく、という表現があります。五月雨式(さみだれしき)の意味は、だらだら続くという意味でした。何が続くのでしょうか。
僕は友達のままでいい だから心の内側で雨宿りして雲の切れ間 太陽をここで待つ
『櫻坂46/五月雨よ』歌詞:秋元康
五月雨よ 後から後から愛おしさが込み上げて来る 見上げたって変わらないのにどこかに虹 期待してしまう
『止まない雨はない』誰もがそういうけれど本当にそうなのか? 君にどんどん惹かれてく
『櫻坂46/五月雨よ』歌詞:秋元康
今このドアを開けるのか 諦めるのか意気地なしの自分に問いかけてみる
答えなんか出るわけない それが恋だ五月雨式に降り続いてる 五月雨式に好きになってく 雨よ 止むな
主人公が、告白をするべきか苦悩していますね。恋愛感情が断続的に募るから、五月雨式に好きということになります。いわゆる片思いで、切ないです。
若いころの自分を思い出して切ない
誰しも、好意を打ち明けるべきか悩んだ経験はあるでしょう。若いころの私も、そうです。初めての恋は大学生でした。
告白をして、砕けるなら友達のままが良いのではないか。
会えなくなるくらいなら、告白をしない方が良いだろう。
しかし、告白すれば付き合えるかもしれない。
花びらを一枚抜いては、好き。また、一枚抜いて、嫌いといった調子です。こういった若いころの葛藤が、櫻坂46の『五月雨よ』に込められて、主人公に共感しています。
ただ、私は、主人公と違って、当たって砕けろの精神で好意を打ち明けています。ほとんど、玉砕しましたが、告白したことを後悔はしていません。ストレートに好意を伝えて、嫌悪感を示されたことがなかったからです。
だから、五月雨よ止むなと空を見上げるのではなく、スマホを取り出して意中の相手を呼び出すべきだと言いたいです。
もちろん、振られたら、心境は五月雨どころではないでしょう。どしゃ降りの可能性も否定できません。
ですが、振られたとしても、年齢を重ねて振り返れば言葉を選んでもらったなと感謝の気持ちが芽生えることもあります。主人公には、当たって砕けろの精神で好意を打ち明けてもらいたいものです。
最後に/『五月雨よ』は、乃木坂46『好きというのはロックだぜ!』の前日譚ではないか
本記事を書いたのは、2022年8月4日です。その日は、乃木坂46の新曲(30thシングル)『好きというのはロックだぜ!』のMVが公開された日でした。
歌詞に注目すると、主人公が恋に落ちたことで、ポジティブになっています。
『五月雨よ』の後日譚だと感じました。
『好きというのはロックだぜ!』の以下の歌詞で、それが分かります。
世界で一番僕が嫌いなのは 僕だと 気づいた時から黙り込んでしまった。
『乃木坂46/好きというのはロックだぜ!』歌詞:秋元康
五月雨に、ため息をついているような映像が浮かびました。そんな主人公は、次のように変化しました。
君を好きになった それだけの事でも 全てがひっくり返ってキラキラしはじめた
『乃木坂46/好きというのはロックだぜ!』歌詞:秋元康
愛って こんなにも力があるのか 僕は生まれ変わったんだ 好きになってくれ
『五月雨よ』の【僕】が前向きになったような錯覚を覚えました。